180628 もっといい女を

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変見自在 高山正之

もっといい女を


朝日新聞はマッカーサーを神と崇める。
「マ元帥は日本人を民主主義の明るい道に導いてくださった」と彼がクビになって国に帰る朝、社説で涙を流した。

でもマッカーサー自身は民主主義など知らなかった。
検閲を盛んにやらせ、事実を書いたら発刊禁止にもしたが、朝日は神様のお戯れと見ないふりをした。

マッカーサーは選挙にも干渉した。
GHQに都合のいい女を立候補させ、占領軍の威光で当選させた。

女は加藤シヅエと言った。
彼女は「GHQの将軍が突然訪ねてきて立候補しろと説得するのよ」と自伝に占領軍の工作を嬉しそうに書いている。

彼女がどう都合いい女か。
GHQには大きな使命があった。
「日本を四つの島に閉じ込め滅ぼせ」というフランクリン・ルーズベルトの遺言の執行だ。




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それで日本を丸腰にする憲法を押し付け、馬鹿な隣国でも簡単にこの国を滅ぼせるようにした。

日本を吹けば飛ぶような人口小国に落とす工作もした。
「女を出産から解放し、性を楽しむ」(マーガレット・サンガー)思想を普及させることだ。
女が産まねば日本の人口は減る。

幸い、日本には都合のいいことにサンガーの愛弟子加藤シヅエがいた。

それで彼女を衆院に送り込み、GHQ推薦の堕胎合法化をやらせた。

ただシヅエは思った以上に冷酷非情だった。
堕胎に加え精神疾患や知能遅滞など「悪い遺伝子の間引き」も併せて法案化した。

多くの日本人は恐怖したが、GHQに媚びる社会党と朝日が協力し昭和23年、優生保護法が成立した。

社会モラルは崩れ、17人の妊婦のうち7人が堕胎し、おかしな子を持つ親はその子の手を引いて断種手術に連れていかされた。




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その悪魔の法を推した党の末裔と朝日新聞が今ごろになって不妊強制を大声で非難している。
大声を出せば過去を誤魔化せると思っている。
ずるい連中だ。

そういうGHQの手先たちは日本の性モラルの破壊も試みた。
日本には伝統あるくるわ文化があった。
ただの汚穢の世界を浄化し、落語、浄瑠璃のネタを提供し、幾多の文人も育んてきた。

一見いちげん、筆おろし、独りよがりなど、今の言葉にも生きる廓文化は江戸時代から何度か改革を経て女性に優しい仕事場(関根弘「小説吉原志」)に変わっていった。

それを女性議員が潰しにきた。
神近市子は前科者のくせに聖人の如くきれいごとを並べ、とうとう伝統ある吉原の灯を吹き消してしまった。
あとには外来のコリアンバーとかが醜くはびこる。




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でも女性議員の鑑、土井たか子がいると馬鹿な朝日新聞がまだ言っている。

ある日、彼女の許を有本恵子の両親が訪ねてきた。
娘から「北朝鮮に拉致された」という手紙と写真が届きましたと。

土井たか子は北朝鮮が拉致などするわけないと言ってきた。
それが覆った。

この女が立派な議員なら即座に北朝鮮の悪行を発表し、世界に北の主権侵犯を訴えただろう。

しかしこの女は両親に誰にも何も喋るなと口止めした。

両親がもう待ちきれなくなったころ金正日が拉致を認め、ついでに「有本恵子は亡くなった」と通知してきた。
死亡日時は両親が土井たか子を訪ねたその僅か2カ月後のことだった。

誰かが内通し、証拠隠滅がなされたとも見える。




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蓮舫は法の禁じる二重国籍議員で、日本に愛着はなく日本国籍は便利だから使っていると言った。

最近はセクハラ問題に口出しし、日本の男はすぐセクハラすると非難した。

彼女は公の場で岡田克也を「ホントにつまらない男だ」と言った。
こっちの方が言い訳無用のセクハラそのものだ。
蓮舫は冗談というが、冗談にもならない。

女性議員を増やす候補者均等法ができた。

これまでは日本の言葉も心も知らなくてよかった、支那朝鮮にへつらえばいい政治家と考える精神的醜女しこめが多かった。

醜女はもうたくさん。
綺麗な人がいい。


’18.6.28 の週刊新潮より



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181013 悪いアップル

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変見自在 高山正之

悪いアップル


90年代、米国に出ていた日本企業の半分が潰れた。
業績が悪かったのかと撤退する大手螺子ネジメーカーに聞いたことがある。

いや、こっちのビジネス風土に馴染めなくて。
それに尽きますという上品な答えだった。



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例えばボンバルディア社との取引だ。
昔はカナダの自転車屋。
今はデ・ハビランドとか潰れた航空機企業をかき集めて旅客機まで作っている大会社だ。

いいお得意ができた。
生産ラインも広げ、大商いをした。
がが、入金ガない。



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逆に「製品の鍍金めっきの色が違う」とクレームが来た。
だから「廃棄した」と。
あんまりではというと「おかげで作業工程が遅れた。その責任を法廷で問うか考えている」。

訴えるという脅しだ。
一時が万事。
商売の数ほど泣き寝入りさせられた。

因みにボンバルディアは納入品を廃棄せずに使っていたことが後になって判った。
実際、米国の法廷で日本企業が勝つのは難しい。



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オフロードバイクでジャンプに失敗した白人少年がホンダを「空中でエンジンが失速した。一生車椅子生活にされた」と訴えた。
飛行機じゃああるまいし。

バイクは失速しない事を50万ドルかけた実験装置で証明してみせた。
しかし連邦地裁の評決は「ホンダは300万ドルを払え」だった。

評決理由が振るっている。
「ホンダに責任はないが、怪我した少年の将来を想えば金を出すべきだ」

これも後日談がある。
少年は元気に歩いていた。
車椅子生活は嘘だった。



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米国の法廷は米国人の利益のためにある。
それでも日本企業が1度だけ勝ったことがある。
貿易と財政の双子の赤字を抱えたレーガンがどうか雇用創出に協力してと日本企業に哀訴してきた。

ほだされた三菱自工がイリノイ州に出た。
操業まで地方税免除の約束だったが、地元ノーマル市は「聞いていないなぁ」と尊大に課税した。
三菱は訴え、契約文書が決め手になって勝てた。

還付された税金はそっくりしに寄贈した。
勝ちを驕らない。
日本人らしい諦めだったが、育ちの悪いクリントンはそれが気に食わなかった。



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彼は大統領に就くとすぐ三菱を嵌める準備を始め、96年春「女子社員のセクハラをどんどんやれと助長した」と訴えた。
「日本人が持つ女性蔑視思想を米国に移植した」と。

特定の民族をステレオタイプ化して誹謗するのはナチだけではなかった。
人種偏見に満ちた訴えは米紙を喜ばせ、連日の紙面に嘘を書き立てた。
議会もはしゃいで不買を叫んだ。
三菱は負けを認めて3400万ドルを払った。

ノーマル市の仇をクリントンが取った。



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同じ頃米企業の商標を無断使用した件で文明堂商事がロス地裁に訴えられた。
文明堂側は日本での行為は日本に司法管轄権があると法の大原則を主張した。
米国に裁く権利はない。
そんな常識もないのかと。

そんな常識はなかった。
担当した判事M・リアルは「日本に主権があろうと当該事案に米国人や米企業が関わっていればすべて米国に司法管轄権がある」(94年10月19日)という決定を下した。
「米国の威光はよその国の主権を超える」というトンデモ判断だった。

彼は地裁所長でもある。
米法曹界では所長格の判事の判断は判例に残す慣例があるが、さすがにこれには困ったらしい。

急ぎ上級審で破棄して「勝手に米国の法廷に引っ張れない」ことを世間に教えだが、それで米国人が納得するわけもない。



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アップル社は日本の下請けに「訴訟はすべて米国の法廷で」を飲ませてボンバルディアと同じような阿漕あこぎをやってきた。

腹に据えかねた下請けがアップルを訴えた裁判で東京地裁は「契約で司法管轄権は動かせない」とアップルの悪巧みを糺した。

戦後70年。
「どろろ」の漫画みたいに日本の主権の一部がやっとこさ返ってきたような気がする。



’16.3.3 の週刊新潮より



180716 日本人の佇まい

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変見自在 高山正之

  日本人の佇まい


その国の名を聞くといろいろな思いが浮かぶ。
例えばロシアだと昔は松前藩藩士の目を潰した野蛮人という印象だったが、最近はザゴルスクのマトリョーシカ博物館を思い出す。
ロシア人はあれで律儀な一面があって、マトリョーシカは「この箱根の入れ子細工を真似しました」と博物館に並べて飾っている。

新幹線のノウハウを日本から教わったくせに「すべて支那オリジナル」と開き直る国とは大違いだ。
従って支那といえば高架からぶら下がる「新幹線もどき」がすぐ浮かぶ。




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韓国はというと・・・・・。
何も出てこない。
強いて挙げれば半世紀前に走ったソウルから仁川への道か。
雨模様で、フロントガラスは撥ねた泥ですぐ視界が奪われた。
ウオッシャーなんて気の利いたものはなかった。
少し走っては車を道端に停めて運転手が窓を拭いていた。
何回目かに停めたときに傍らに川があった。
川床も土手も砂利とか砂とかも一切なかった。
岩肌を清流が下っていた。
その清冽さとほかのすべての汚さと。

印象がそこで止まっているのは、それを差し替えるいい記憶がその後、何もなかったからかもしれない。




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日本がせっかくいい国にしてやったのに朝日新聞の創った慰安婦の嘘を嘘と知りながら騒ぎ立てる。
果ては戦争もしないのに日本の海軍旗は侵略の象徴とか言い出す。
実に鬱陶しい。
それを映してか韓国中央日報紙のアンケートでは「日本人の14%が韓国に好感を持つ」とあった。
言い換えれば86%が韓国嫌いということだ。
週刊ダイヤモンドがビジネスマン6,000人をアンケートしたら79%が韓国を嫌い、同じく77%が仕事上も韓国など「なくていい」と答えている。




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朝鮮半島がなくなった地図を想像してみる。
日本海は途端に大きくなって清々しさすら感じさせる。
両国の思いはこの点で共通するから付き合いを辞めればいいと思うが、そう言いながら韓国人には昔から日本人への強い憧憬があると言われる。
例えば立原正秋。
日本に帰化すると長身瘦軀の彼は着流しに総髪というまるで時代劇に出てきそうな日本人のスタイルを好んだ。
彼と親交のあった文芸記者の金田浩一呂から聞いた話だが、それが日本人より様になっていたという。
金田記者のコラムに鎌倉の立原の家に寄ったときの話がある。
「話をしている間、応接間の隅の丸椅子に和服姿の夫人が端然と腰を下ろして用を待って微動だにしなかった」
日本人の亭主で夫人にそこまでやらせる者はいない。




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ただ杉山元元帥の夫人啓子ならそういう挙措が似合ったかもしれない。
彼女は終戦の日、疎開先の山形から喪服をもって帰京し、出迎えた杉山に「まだ自決していなかったのですか」と問うている。
杉山は夫人にせっつかれて3週間。
やっと司令官室で拳銃自殺する。
しかし果たせず、部下が青酸カリを飲ませて全うさせた。
夫人はその報を電話で受けたあと喪服に着替え、裾が乱れぬよう下帯で膝を縛ったうえ、懐剣で胸を一刺しにして自決した。




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正秋のごとく、日本人になりたかった一人に新井将敬がいる。
政界に入って有望視されながら証券会社に対する恫喝疑惑が出て、国会で逮捕許諾請求が可決される。
明日は逮捕状が執行されるという夜、品川のホテルで縊首した。
家に着替えを取りに帰っていた夫人は戻ってきて部屋の外でその異変を察知したという。
「思いを遂げさせるために30分待ってドアを開けました」
日本人は本当は夫人が仕切って初めてちゃんと居住まいが正せる。
そういうことが案外知られていない。




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もう一つ。
日本人は慎み深さを大事にする。
日本名を名乗るときもそれを心がけねばならない。
例えば瑞穂。
日本人は畏れ多いから、名前にするときは水穂とか当て字する。
そうでないと「やっぱり」とか思われる。



’16.2.25 の週刊新潮より





170715 日曜は寝ていろ

Category : 変見自在
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変見自在 高山正之

  日曜は寝ていろ


「朝日を読んでいる」と言うと大方は顔を顰めるか、どう答えていいものか戸惑いを見せる。
大丈夫、仕事でやむを得ず読んでいるだけと釈明すると、なんだ、まともな人なんだと安堵してくれる。
実際、あの新聞は体に良くない。
どこか詐欺師っぽくてサブリミナル的に人の記憶まで歪ませる。



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例えば少し前の「フォトアーカイブ」に半世紀前のスモッグに煙る都心の写真が載った。
今の北京ほどひどくはないけれど、確かにそんな時代はあった。
その下にすっきり空の同じ銀座の写真があって、絵解きに美濃部亮吉が「東京に青空を」といって都知事選を制したとある。
青空を取り戻したのがまるで美濃部のおかげだったみたいに読める。
彼は「1人でも反対したら橋は架けない」とか馬鹿言って都市計画を止めた。
女秘書とねんごろになったりして結局、環七も環八も渋滞させ、スモックをより濃くしただけだった。



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東京に青空を取り戻したのは石原慎太郎の排ガス規制だ。
それで東京から富士山が見えるようになった。
他人様の業績を無能知事の手柄にげ替える。
実にたちが悪い記事だ。
そういう小狡さに加えてこの新聞の記事は何か座りの悪さがある。
それが何か、先日のお偉い編集委員、山中季広のコラム「日曜に想う」を読んでやっと分かった。



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日本が打ち出したMRJの前に支那印のジェット旅客機が出てきた。
コラムは「インドネシアで新幹線受注を支那に攫われた、空でもまた負けるのでは」と心配する。
しかし専門家から「いや日本はカナダと競っている」と聞かされ「妙に安心」する。
だって「欧米の背中を追うのが私たち日本人には居心地がいい」とのたまう。
文章が判り難いのは措いて、そこに徹底した白人崇拝が滲む。
朝日のもう一つの隠れた毒性だ。



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例えば夫婦同姓を合憲とした最高裁に「海外では夫婦同姓を法律で義務付ける国はない」と社説で非難する。
白人国家を見倣えと。
朝日は護憲を語る。
根拠は白人マッカーサーが創ったから。
中身も「かしこくも米国憲法の理念と同じ」(長谷部恭男・早大教授)だから。
高速増殖炉「もんじゅ」問題もスタンスは同じ。
成功すれば「人類2500年分のエネルギーが確保」(奈良林直・北大教授)される。
世界が処理に困っている「核のゴミ」もこの炉で焼却処理できる。
しかし朝日は「ドイツもフランスも開発を諦めた」から「日本もやめろ」という。
白人ができなかったものをなぜ日本人ごときがやり続けるのかと。



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これが違和感の元だろう。
日本人はそんな白人崇拝を欠片かけらも持たない。
早い話、クオーツだ。
通電した水晶の正確な振動は時計にもってこいだ。
欧米が競ったが簞笥より小さくならなかった。
精工舎は諦めず、腕時計に入るほど小さくするのに成功した。
精工舎は特許を世界に開放し、白人は箪笥を背負って歩かずに済んだ。



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ディーゼルエンジンは簞笥より大きくて船に載せるだけだった。
ドイツ以下が小型化を競った。
みんな諦めたとき山岡孫吉が昭和8年12月23日、耕運機に載せられるほど小型化するのに成功した。
奇しくも今生天皇のお生まれになった日だった。
この技術も日本から世界に発信された。
ドイツはそれを車に積んだ。
ついでに独自の技術で排ガスを誤魔化すソフトを併せ搭載した。
白人ができるのはその程度のことだ。



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実は増殖炉研究もそれと同じ。
日本が原子力規制委に邪魔されながら積み上げたノウハウをもとに今フランスが研究を再開(「週刊新潮」1月28日号)した。
米英もそれに倣って「もんじゅ」再開を待っている。
日本人は「白人の背を追う立場」にはいない。
むしろ民主主義から礼儀まで彼らに多くを教える立場にある。

「日曜に想う」と恥じをかく。

日曜はゆっくり寝ていた方がいい。



’16.2.11 の週刊新潮より



180706 小皇帝切開

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変見自在 高山正之

  小皇帝切開


もう半世紀も前、羽田の記者クラブにいたころ、日航、全日空の古参機長から昔話を随分聞いた。

日航には真珠湾攻撃に参加した藤田怡与蔵いよぞうがいた。
真珠湾の帰途、追いかけてきた米軍機を撃墜し、さらにミッドウェー海戦では来襲した米軍機を10機まとめてほふっている。

同じ日航には広東攻略戦に参加した後藤安二がいた。
聞いた話が凄かった。
敵陣に爆撃を加えて帰投中、仲間の機がエンジン不調で水田に不時着した。

まもなく間諜から彼が支那人に捕まり、木箱詰めにされたと知らされた。

彼らはペンチで歯を抜き、逃げないように手足の指を切り落として鉄格子のはまった小さな木箱に押し込める。
それで町々で晒し者にする。
最後に耳鼻を削いで目をえぐり、男根を切って口にくわえさせてから殺すのが形だった。
「木箱を移送する列車を確認して出撃した。彼の苦痛を終わらせ、安らかに死なせるためだった」




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似た話を当時の全日空常務、山口登から聞いた。
中華航空上海支社で飛んでいたころ、仲間が満州で不時着した。
救援部隊が駆けつけたとき「彼は首まで地面に埋められ、耳も鼻も削ぎ落とされ、両眼に針金ガ通されていた。救出してもまもなく死んだ」。

ちなみに山口はパレンバンに「空の神兵」を運んだ操縦士の1人だった。

支那人の残忍さに当時はうなされたものだが、彼らの残忍さがそんな程度でないことを楊海英の「墓標なき草原」で知った。




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文革期、毛沢東以下の支那人が内モンゴルを侵略し、本気でモンゴル人絶滅を図った。
淘汰の手段として彼らは女性器の破壊をやった。
抉り取って殺すか、二度と産めない体にするか。

同書にはジュンガルの女性が犯され、女性器に棒を突き立てられた姿で「自殺した」と家族に引き渡された話や、素手で胎児を引き出す拷問も描写されている。
胎児は死に、母は発狂した。

それが彼らだけの特性と思っていたらシェークスピアが「マクベス」の中で語っていた。

彼は魔女から「女の股から生まれた者には倒されない」と予言されていた。

そこにスコットランド貴族マクダフが現れる。
彼の母は腹を切られて殺され、彼はその「裂けた子宮から月足らず」で生まれた。
だからマクベスを倒せた。
「マクダフは帝王切開で生まれた」という説があるが、間違いだろう。




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あのころ女は「子供を産む道具」だった。
月満ちたのに赤ん坊が生まれない。
このままでは母子ともに危ないというとき、スコットランド人ももっと昔のローマ人も「道具」より赤ん坊の命を選んだ。

母は寝台に縛り付けられ、麻酔なしで腹が裁ち割られ、そして子宮が切り開かれた。
切腹より凄まじい。
母が万が一にも生き残るわけもなかった。

対してマクダフは「月足らず」で、しかも「切開」ではなく「rip(裂く)」と台詞で語る。
帝王切開ではなかった。

因みに帝王切開の名はシーザー(Caesar)からと言われるが、彼は関係ない。
ラテン語の「切開(caeso)」が語源だ。




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母が必ず死ぬ帝王切開は19世紀後半、麻酔術が登場し、医術も進歩して母が生き残り始め、今では通常分娩より安全とも言われる。

ただ帝王切開は陣痛がない分、母性が希薄になりがちで、子も人格的におかしくなるという説もある。

現に帝王切開率の高いブラジルで捨て子の少年犯罪が極端に多くなっている。

その帝王切開が近年、支那で大流行りだ。
一人っ子の「小皇帝シャオファンディ」には帝王切開が似合うと思われたか。

今は「ブラジルを抜いて世界一」(ジャパンタイムズ)の普及ぶりで、出産児の半分以上が帝王切開と言われる。




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もともと残忍な血筋を受け継ぐ。
加えて次世代の半分以上が「母の愛に飢えた人格障害者」になりそうだという話は隣人として結構怖く聞こえないか。

「支那は脅威ではない」と鳥越俊太郎は言う。
魔女の言葉ほどの重みもない。




’16.1.28 の週刊新潮より



180605 惇郎の躊躇い

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変見自在 高山正之

  惇郎の躊躇ためら


サイゴンが落ちたとき「米軍が北爆を始めて10年。長い戦争だった」と深代惇郎の天声人語にある。

続けて「ベトナム人同士で戦わせるため2年間、戦争を長引かせた」とも書いている。

まるで米国に悪意があったみたいに。

確かに悪い国だが、これは言いがかりが過ぎる。

米軍が撤退した後も北ベトナム軍が矛を収めなかったのには理由があった。

その答えがサイゴン陥落後にぞろぞろ出てきたボートピープルだ。

マレー、豪州へと逃げた計120万人の正体は実は華僑、つまり支那人だった。

彼らが逃げ出したわけは19世紀からの仏植民地時代に遡らねば判らない。





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その時代、フランスは街ごとに徴税事務所と阿片専売所と刑務所を建て、ベトナム人を働かせ、税金を取り、阿片を買わせた。

逆らったら牢につないだ。

アンドレ・ビオリスの「インドシナSOS」には抵抗する農民に「デボアチンが機銃掃射した」とある。

撃たれて死ねば「高い葬式税が取られた」と。

その徴税や阿片販売を華僑がやっていた。

ハノイの戦争博物館の入口に風刺画がかかっている。

最上段にフランス人がふんぞり返り、彼の足元に太った華僑が控え、その下にベトナム人官吏が鞭を振って最下段の農民たちを酷使している図だ。




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華僑は戦後フランス人が追われた後も居座って役所仕事から交易、金融まで握ってベトナム人の国を壟断ろうだんしてきた。

米軍が撤退したときベトナム人が望んだのは華僑付きの平和ではなかった。

彼らを除去するために誰にも文句を言わせない完全な勝利が必要だった。

それで「余計な2年間の戦争」があった。

完勝した北ベトナムはすべての華僑の財産を没収し始めた。

華僑は逃げ出し、支那の体裁を重んじた朝日新聞は「ボートピープルは共産主義が嫌いな人たち」とか誤魔化した。

深代もそれに倣ってヘンな書き方をした。

しかし鄧小平は事実を知っているから暫らく後にベトナム懲罰の軍事行動を起こした。




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嘘の連鎖で朝日はこの中越紛争の理由も胡麻化さねばならなかった。

同じ嘘の連鎖でベトナムと日本の関係もずっといんちきを書き続けた。

最初の抗仏運動の担い手は日本に留学した東遊運動の子弟たちだが、朝日はそれも書いていない。

その一人陳中立は北部仏印進駐の際、銃撃してきた仏軍ドンダン要塞を瞬時に制圧する日本軍を目撃した。

偉そうにしてきた白人が斬られ、残りは泣いて命乞いをしていた。

陳は勇気と武器を貰って決起する。

結果は全滅だが、ベトナム人はそれを最初の抗仏戦争と呼ぶ。




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先の戦争末期、ハノイを飢饉が見舞った。

「日本軍陣地で炊き出しがあった」「雑貨商の日本人女将がお握りを振る舞った。戦後、仏人の店がみな焼かれたがこの店は襲われなかった」と同盟通信小山特派員が伝える。

抗仏の民兵は日本軍の「イチニッ」を意味する「モツハイ」と名乗った。

帰ってきた仏軍は日本兵を基地の歩哨に立たせだがモツハイはその足元を抜けて白人たちを襲った。

「その間、日本兵はただ空を見上げていた」とマウントバッテンは記録する。

ベトナム人と日本人が心を通わせていた。

互いに命を預け合うほど信頼し合っていたことに感嘆していた。




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朝日が「戦後70年/南方からの視線」でこのベトナムと日本のかかわりを取り上げていた。

ただ中身はハノイの飢餓だけ。

「日本軍がコメを強制買い上げした」(佐々木学記者)ために起きたと嘘を書き、日本軍は酷かったとベトナム人に語らせる。

この話は倉山満が「アカでさえないバカ教科書」と評した山川出版の歴史本から引用したと文中にある。

教科書の記述で記事を書く記者がいるのに驚く。

まともな資料では日本を貶められないからなのか。

朝日新聞は吉田清治の昔から偉そうに「歴史を直視しろ」とか説教してきた。

お前がまずやったら。



’16.1.21 の週刊新潮より



180410 ISのお返し

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変見自在 高山正之

 ISのお返し


パリのテロのあと、米市民から粋なエールがあったと朝日新聞論説主幹大野博人が嬉しそうに日曜コラムに書いていた。

エールに曰く。
「フランスはイスラム狂信者が憎むものをすべてをもつ。ワインを飲み、短いスカートをはいて不倫を楽しみ、聖職者すらもからかう」

イスラムではすべて禁忌の作法だ。

あんなテロがあったって「あなたたちは闇の力に負けず、再び笑い、歌い、セックスして・・・・」「人生を楽しむことがあなたたちの本質だから」と。




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ルモンド紙も満足そうに紹介したという。

でもフランス人が人生を楽しむために過去、彼らに何をしてきたかはこの米市民は触れていない。

大野も書いていない。

例えば侵攻するドイツ軍に備えて危ないアルデンヌの森の前にはアルジェリアやセネガルの植民地兵2万人を並ばせた。

独機甲師団が一人残らず殲滅した。

フランス人はそれを見て白旗を上げた。

マレーでインド兵が壊滅するのを見てパーシバルが降伏したのと同じタイミングだ。

以後、フランス人は周りが戦争している中、ワインを飲んでセックスして楽しんでいた。

マルセル・カルネが独占領地のあちこちをロケして「天井桟敷の人々」やらを製作したのもこのころのことだ。




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ヒトラーがユダヤ人の処理を始めると、フランス人は喜んで協力した。

今回のテロの根拠地サンドニ近くに収容所を建ててユダヤ人を押し込んだ。

そこからアウシュビッツ直通列車を走らせ、計7万8千人を殺した。

フランス人はホロコーストの確信的共犯者だった。

やがて連合国軍が反撃に出る。

英国に逃げたド・ゴールが自由フランス軍を創り、再びアルジェリア人ら植民地人をかき集めてノルマンディに上陸させた。

再び万単位の植民地兵のしかばねの山が築かれ、フランスは解放された。

しかし、犠牲は報われなかった。




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大戦中、連合国軍管理下にあったアルジェリアもベトナムもみな「フランスの栄光の復活のため」(ド・ゴール)に元の仏植民地に戻された。

日本に刺激されたベトナム人がまず反旗を翻し、アルジェリアもチュニジアもそれに倣った。

フランスは主人のために働くのを拒んだ植民地人に残忍に報復した。

ギロチンが植民地の町ごとに持ちこまれた。

かつてフランス人アレクシ・トクビルが米国の大らかな民主主義を褒め称えるエールを送った。

「米国人とその下で働く黒人とインディアンは人間と動物の関係に似る。主人のために働き、従わねば殺していい」

植民地人は動物並みにクビを落とされた。




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中東でも同じだ。

今のシリアとイラクの上半分を仏領にし、石油を取ってはフランスの栄光のために使った。

民のためには学校一つ建てなかった。

先日のAPがイスラム国(IS)で行われたホモの突き落とし刑を伝えた。

目隠しされた同性愛者が4階建てのビルから落とされ「瀕死の男に住民が石をぶつけて止めを刺した」。

大野はその残忍さを「不条理」と言うが、元々イスラム教徒はそこまでの残虐さを持たなかった。

最初に仏十字軍が来て女子供を殺して食う残虐さを教えた。

第4次十字軍がやった突き落とし刑は目隠しではなく目をえぐってガラタの塔から突き落としている。

何もかもキリスト教徒がやって来たことだ。




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対してアラブ世界では例えばサダム・フセインが立って民に教育を与え、女を宗教のくびきから解放して近代化を図った。

ユネスコからそれで表彰もされた。

カダフィもベン・アリも同じ。

それはお前らには似合わないと白人国家がアラブ近代化をことごとく潰して今の混乱を生んだ。

ISは追い詰められた彼らの開き直りではないのか。

日本はイスラムにも十字軍にも贔屓ひいきはない。

なのになぜ大野は白人キリスト教徒の視点でしかモノを書かないのか。




’15.12.17 の週刊新潮より






171124 真珠湾の2人

Category : 変見自在
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変見自在 高山正之

 真珠湾の2人


パンアメリカン航空の機長ハリー・ターナーは、その日午後娘のピアノ発表会があるので「少し遅れる」と会社に連絡した。

彼がその日に飛ばすのは、4発水上艇チャイナクリッパーだ。

サンフランシスコ湾のトレジャーアイランドを基地にホノルル、マニラ経由で香港に行く。

今回はその先シンガポールまで飛ぶ予定で全行程14日間のフライトになる。

出発が15分遅れても問題ないと彼は考えたが、交通渋滞もあって彼の機がサンフランシスコ湾を発ったのは40分遅れの12月6日午後5時40分だった。




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14時間後の7日朝にはホノルルに着く。

チャイナクリッパーの専用埠頭は真珠湾の北アイエア地区にある。

ここには、大統領命令でロングビーチにいた太平洋艦隊が1年半前から引っ越してきていた。

ために湾中央のフォード島周辺にはいつも空母やら戦艦やら100隻を超える艦船がひしめき、着水には結構、神経を使わされた。

飛行は順調だった。

翌朝午前8時前、通信士がホノルルのラジオ局KGBMの電波を探った。

当時は中破ラジオが唯一確実な方位測定手段だった。

軽快な音楽が聞こえた。

その電波を辿ればあと40分で真珠湾に着く。

音楽が途切れた。




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「緊急情報です。真珠湾が攻撃されていると」。

通信士が真っ青になって機長に伝えた。

ターナーは機首を南に振り、ハワイ島ヒロに向かった。

日本機を警戒しながらの1時間の飛行は「凄く長い時間に感じられた」と自著にある。

発表会がなく予定通りに出発していれば機は戦艦アリゾナを左に見ながら真珠湾に着水しているころだった。

娘に感謝した。

機長はヒロ到着後、37人の乗客に事情を伝えた。




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中に2人のVIPがいた。

1人は、即位したばかりのパーレビー・イラン皇帝だった。

彼の国はその3か月前、英国とソ連の侵攻を受け、占領された。

イランはソ連への軍事補給路として格好だった。

しかし父レザ・シャーは中立を言って協力を拒んだ。

それだけで国家主権は蹂躙され、父は追放された。

パーレビーは連合国側につくことを条件に辛うじてイランの独立を約束された。

連合国軍の意に沿った傀儡皇帝ともいえる。

今回は、裏ですべてを画策したルーズベルトを表敬する屈辱の旅からの帰途にあった。




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日本は1人で白人国家相手に戦争を始めたという。

真珠湾の米艦隊はそれで壊滅したと聞いた。

2年前の彼の結婚式の折、日本は日本製の旅客機で駆けつけ、祝賀飛行をやってくれた。

何でも自分でやる。

欧米に振り回されるわが身とそれは対照的だった。

彼はのちに欧米の作る石油カルテルに公然、対決し、イランの工業化を急いだ。

「アジアの西の日本たれ」が皇帝の口癖だが、その元は真珠湾の衝撃にあったのかもしれない。




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もう1人のVIPはビルマ首相のウ・ソーだ。

彼はルーズベルトに「ビルマ兵を出すから独立させて」と訴えたが、門前払いされての帰り道だった。

そして真珠湾を見た。

自国の独立まで白人に乞う己がみすぼらしく思えた。

彼は東回りで帰国する途中、リスボンの日本公使館に寄り「共に戦いたい」(千葉公使の公電)と告げる。




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日本の暗号をとっくに解読していた米国はウ・ソーの裏切りを英国に伝え、彼はその10日後、乗り継ぎで寄った中東の飛行場で捕まり、牢に繋がれた。

彼は戦後、もう一仕事させられる。

日本軍に協力したアウンサンと対立し、彼を暗殺するという役どころで、立派にこなすとそのかどで処刑された。

真珠湾を見ただけで、彼らは戦後の歴史も大きく変えた。




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先の戦争は真珠湾をはじめ、広大な天地を戦場にした。

補給線も考えず戦域を広げすぎたという批判はある。

それは、それだけ多くの人が日本人の戦いを見る機会を与えたとも言える。

少しはましになった「今」を見れば、決して無駄な戦争ではなかったと分かる。




’15.12.10 の週刊新潮より



171104 スイス人の行い

Category : 変見自在
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変見自在 高山正之

 スイス人の行い


ケント・ギルバートが何かの会で日本の代表的英字紙ジャパン・タイムズについて「あれはアンチジャパン・タイムズだから」と言っていた。

その通りで、この新聞は安倍晋三が嫌いで慰安婦と反原発が大好き。

それで紙面を埋めるからまともな記事は年に1本あるかないか。

今年はその1本が珍しくあった。




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先日の佐藤紘彰のコラム「誰が原爆から京都を救ったか」だ。

米側史料では45年5月初め、米政府は京都、広島、小倉、横浜を投下候補都市に選び、その時点から通常爆弾による空襲を禁じた。

原爆の破壊力を正確に測るための措置だった。

京都は最優先候補地とされた。

街が盆地状で、その中心点、梅小路操車場の上空で爆発させれば直径5キロの火球が市中心部をすべて消滅させるはずだった。

5キロ圏外の金閣寺も西芳寺も盆地ゆえに直射され、60万市民とともに焼かれていたはずだ。




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アラモゴルドでの核実験の2か月も前の決定は早すぎるように見えるが、あれは未知領域の多いプルトニウム型の実験だった。

京都に落とすウラン型は「核爆発は確実」「投下都市を最初の実験場とする」方針ができていた。

実際、米エネルギー省の核実験記録にはウラン型の1回目の欄に「実験場/広島」とある。

広島は壮大な核の人体実験場だった。




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佐藤のコラムによると、その決定から1か月後、78歳の陸軍省長官ヘンリー・スチムソンが次官補のジョン・マクロイに「もし京都を投下候補地から外すと感傷的な老人と思われるかな」と言ったという。

彼はそこに新婚旅行に行っている。

マクロイは戦後、この話をアマースト大学関係者に語った。

コラムはその関係者の証言で構成されている。




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一方、米国。

日本を占領したはいいが、日本人の寛容さに比べ、彼らは黒人奴隷を使い、インディアンを皆殺しにし、今また無辜むこの20万を原爆で焼き殺した。

「残忍な白人」のイメージをぬぐうため」スチムソンの気紛れ」が利用された。

実は偉い学者ラングドン・ワーナーが日本の文化財保護を進言し「京都は守られた」とGHQの広報機関、朝日新聞に書かせた。

人間は焼き殺して文化財は保護しましたなんてペテン師だって恥ずかしくて言えない。

でも日本人はコロッと騙された。




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思慮が足りない奈良人は奈良が焼かれなかったのはワーナーさまのおかげ。

舞い上がって彼への感謝の碑を法隆寺わきに建てた。

鎌倉文化人も同じ。

米国がこのペテンに使った「ワーナーのリスト」に載ってもいないのに同じように感謝の記念碑を鎌倉駅前に設置した。

因みにコラムではワーナーは軍への進言をきっぱり否認している。

「朝日新聞は嘘ばかり書く」と。

実際、彼のリストには広島城も熱田神宮も名古屋城も入っているが、みな燃やされた。




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空から見れば絵のように美しい名古屋城には、延べ2000機が焼夷弾を落として、とうとう焼き落とした。

スチムソンが京都を外す決断をしたころ、軽井沢に疎開していたスイス公使カミユ・ゴルジェが「軽井沢を爆撃しないで」と本国に訴えている。

延べ19回も。

町の歴史愛好家が「天皇制護持を訴える暗号ではなかったか」「公使がその仲立ちをしたのでは」と研究していると新聞にあった。

本当に白人はみないい人たちばかりだから。




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ゴルジェは戦後史にも出てくる。

終戦の年の10月にマッカーサーを訪ね「日本の時計工業を潰してくれ」(共同通信)と頼んだ。

彼は頷き、幣原しではら喜重郎を呼んで労働組合法を作らせた。

労賃を上げさせて国際競争力を弱めるためだ。

ゴルジェはもう一度現れ、対日戦時賠償を算段している。

それで永世中立国は11億円の戦争賠償金を持って行った。

まるでかすり屋だ。

そんな男が日本のために一肌脱ぐか。

ところ嫌わず爆弾を落とす米軍機に辟易して、白もいるんだぞと言っているとしか見えない。




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白人を決して買い被ってはいけない。



 

’15.12.3 の週刊新潮より






170906 傾国のスーチー

Category : 変見自在
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変見自在 高山正之


  傾国のスーチー


「英領ビルマに侵攻した日本軍はやがてビルマを独立させたが、それは偽物の意味を込めた『金めっきの独立』と呼ばれた。日本軍は国軍・警察の指揮権を握ったままだったのだ」と先日の朝日新聞にあった。



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ミャンマーの歴史教科書の記述を引用したという五十嵐誠記者の記事はさらにこう続く。

「憲兵隊が権力をふるい、国民は抑圧された。ファシスト日本を打倒する動きが広まった。アウンサンは連合軍の反撃で敗走する日本に反旗を翻した」

読んでいてふと村山談話を思い出す。

「日本は国策を誤ってアジア諸国を侵略し、植民地支配で人々に多大の苦痛と損害を与えました」というあれだ。

この記事はまさに村山談話通りに展開する。

日本がミャンマーを侵略し、圧制で苦しめて、ついにはアウンサンをして日本軍に楯突かせるところまで追い込んだという風に。



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ただし登場するのは日本とミャンマーだけ。

長い間そこを植民地支配した英国の影も出てこない。

で、この記事から少しズームバックしてみる。

英国は19世紀末、ここを征服するとインド人や支那人をどしどし送り込み、英植民地政府の下で金融やビジネスを仕切らせた。

モン、カチンなど山岳民族を山から下ろして軍と警察を任せた。

彼らが取り締まるのは最下層に落とされたこの国の本来の主人ビルマ人たちだった。



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「英国は仏教徒ビルマ族の国を一瞬にして多民族多宗教国家に作り変えた」と英国の歴史家ファーニバルが的確に表現している。

この植民地支配に抵抗し、ビルマ人の国を再興しようとしたのがアウンサンだった。

ビルマの英軍を追っ払った日本軍は彼の夢を実現させた。

植民地政府からインド人を追い出し、ビルマ人官吏を育てた。

山岳民族が仕切ってきた警察と治安部隊を解体し、ビルマ人の国軍を創って独立させた。

「金めっき」どころか金無垢の独立だった。



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よちよち歩き始めたアウンサンの「ビルマ国」は、すぐ連合国軍の反攻という壁にぶち当たる。

日本軍と行動を共にすれば潰される。

その辺を英側資料で見ると「アウンサンは英国の手先インド人を憎み、日本軍のインド解放戦(インパール作戦)への協力を拒んだ」(マウントパッテン卿『戦後処理』)。

「日本軍の敗勢が濃くなるとアウンサンはヒュー・シーグリム英軍少佐と通じてビルマ独立の保証と引き換えに日本軍を裏切ることを約束した」(ルイス・アレン『日本軍が銃を置いた日』)

小国が生き残るための知恵だった。

日本側もそれは理解し、彼の寝返りを特に咎めたことはなかった。



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それだけに日本をファシストと呼び、アウンサンを正義の人に仕立てる五十嵐の記事はほとんど犯罪行為だ。

戦後、ビルマ独立を認めた英国は「英国植民地統治に楯突いたアウンサン」だけは許さず、抹殺した。

英国はまたビルマを多民族国家化した後始末もしなかった。

ビルマ経済は華僑とインド人に握られたまま。

山に戻らない山岳民族も不満分子として居残った。



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アウンサンの遺志を継いで”異邦人”の処理に当たったのがネ・ウインとそれに連なる軍事政権だった。

彼が執った鎖国政策も経済活動を停滞させることで華僑が出ていくことを期待したものだった。

彼は新札発行と徳政令も頻繁に行った。

高利貸しインド人が嫌になって出ていくと思ってのことだ。

しかし成果はなく、異邦人は居残り、国は貧乏になっただけ。

「民族復興」を叫んできたビルマ人の間にも不満が噴出していった。



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そんな不満分子の先頭に立ったのが皮肉なことに民族主義者アウンサンの愛嬢スーチーだった。

今度の総選挙で勝った彼女は大統領より偉い最高指導者になると言っている。

しかし彼女は父が英国に殺されたことも知らない。

政治も外交も知らない。

そんな女に国民は国の舵取りを任せる。

一度どこかの植民地にされると国も人もここまで錯乱してしまう。




 

’15.11.26 の週刊新潮より



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