FC2ブログ

170920 第25回 松尾由紀子 書の個展

Category : 展覧会
DSCT1312
「第25回 松尾由紀子 書の個展」が千歳市民ギャラリーで開かれている。


DSCT1311
入口を入ると小さな案内板が立ててある。


DSCT1315
2階への階段を上ると会場の表示がある。


DSCT1294
階段を上ったところに記名台がある。


DSCT1259
階段を上って左手に3点の作品がある。


DSCT1267 (1 / 1)
林の中 霧氷


DSCT1268
音 のみこんで 雪


DSCT1269
樹氷


DSCT1261



DSCT1270
くもとあそぶ


DSCT1271
くも そら いっぱいに あつまったり ひろがったり


DSCT1262
くも


DSCT1263
くも 風に のり


DSCT1264
くも


DSCT1260



DSCT1272
くも 風に のり


DSCT1273
否だ 便利さの 為に 人が 死ぬ なんて


DSCT1266



DSCT1274
ここにいる うけとめて ほしい こころ


DSCT1275
孫の声に こたえるように 小鳥 さえずり


DSCT1276



DSCT1277
ひだまりで みつけた 福寿草


DSCT1278
あの雪は どこへいった いっせいに 花さく 五月


DSCT1279
くろくもの すきまから 陽が のぼる


DSCT1280
落葉 カラカラ 風に ふかれ おおよろこびで 孫 おっかける


DSCT1281 (1 / 1)
ぼたんゆき ひらひらと はるの 雪


DSCT1282



DSCT1283
くも ぷかり ぷかり ならんで ぷかり


DSCT1285



DSCT1286



DSCT1287
谷合の 小さな 沼は 新緑の 樹々 うつし


DSCT1288
霧氷の林


DSCT1289 (1 / 1)
ふんわりたまった 落葉を めがけ でんぐりかえって 孫の わらい声


DSCT1290
谷合の 川原の 石に 霜がつき つぎつぎつぎつぎ 霜 ついて 満開の 菊のよう 冬の朝


DSCT1292



DSCT1291


この言葉が今回の個展の根っこ と・・・。



DSCT1293



DSCT1295



DSCT1296
氷る 川面に 霜の花


DSCT1297
はじける 光 くもは 虹色


DSCT1298



DSCT1299 (1 / 1)
くも 風と あそび


DSCT1300
かかえ こまないで そっと こころ うちあけて


DSCT1301
音 のみこんで 雪


DSCT1302
林の中は 霧氷


DSCT1303 (1 / 1)
のびやかに 水仙 風に ゆれ


DSCT1304



DSCT1305



DSCT1307



DSCF2446




第25回 松尾由紀子 書の個展
千歳市民ギャラリー 2階
平成29年9月20日(水)〜24日(日) 10:00〜19:00 最終日は16:00まで



スポンサーサイト

170908 身辺整理 カメラカタログ

Category : カメラ
DSCT1187
身辺整理を始めた。

今回は、カメラのカタログ。
今まで使った思い出深いカメラのカタログである。
デジタルカメラを使いだしてから既に10年も経ち、使うことのない置物となっていたフイルムカメラは最近全て処分してしまった。

せめてカタログだけでもと思い保管していたのだが、「身軽に動けるようにして−」との神の声。
国土地理院の2万5千分の一の地形図も行動範囲を考慮しながら手をつけることになるのか・・・。




170830 身辺整理 山道具

Category : 道具
P8276405
冬山へ行かなくなって久しい。
もうこれからも行かないだろうから、大切にしていた道具を処分することにした。

TUBBSのスノーシューAdventure25である。
低山や裾野の風景を撮影するために用意したのだが、山スキーの方が動きやすいので本番で使うことはなかった。



P8276406
爪というか歯というのかが付いているが、撮影に適した新雪時での効果はわからなかった。


P8276408
3月の三段山の頂上直下のカールが氷の壁になっていて登頂を断念したことがきっかけで友人が用意してくれたのだが、その後そういう状態に会わなかったので訓練はしたのだが出番はなかった。

(登山用品の店へ相談に行ったのだが、私の話を聞いて危険だからと言って勧めなかった。)


P8276410
ピッケルは、GRIVEL モンデローザプラス 75cm
クランポンは、CAMP XLC 390



P8276411
冬山用に買った、Lowe alpine のAppalachian APS 50リットル+15リットルのザックも手放した。
ツエルト、シート、ガソリンストーブ、アルミスコップ、防寒着などを入れていたが、もうそんな荷物を持つこともないだろうと・・・。



P8276413
生きているうちに道具を処分させるということは、残された者は楽かもしれないが本人としては戦力外通知を自らするようなもので老いに追い打ちをかけるようで気持ちが萎える。


P8276414



170910 少年事件と共同幻想

Category : 宮崎哲弥の時々砲弾
DSC_3905
宮崎哲弥の時々砲弾

 少年事件と共同幻想


メディアが客観的、マクロ的なデータに基づかないアドホックな感情論を垂れ流して、国民の社会認識や世論形成を著しく歪めてしまう弊については既に何度も警告してきた。

しかし一向に改まらない。

その最たるものが少年犯罪に関する報道で、相変わらず犯罪統計の巨視的動向を無視し、個別の凶悪犯の特異性を一般化して、「体感治安」をいたずらに悪化させることに”貢献”している。



DSC_3909
先頃(2015年9月19日)、内閣府が「少年非行に関する世論調査」報告書を発表した。

調査の実施時期は今年の7月。

前回の調査は2010年11月に施行されているから、この二つのデータを比較すると、ここ5年間の世論の変化が看て取れるわけだ。

報告書によれば「実感として、おおむね5年前と比べて、少年による重大な事件が増えていると思うか」と尋ねたところ、「増えている」と答えた者の比率が78.6%だったという。

これは「かなり増えている」と回答した割合(42.3%)と「ある程度増えている」と回答した割合(36.3%)を足し合わせた数字だ。

大多数の人々が少年による重大自販が増加していると思い做していることがわかる。



DSC_3913
しかも前回調査の同じ質問の回答と比べて3ポイントも増加している。

念の為に断っておくが、これはあくまで”少年凶悪犯が増えていると思っている人の数が増えている”というデータであって、少年犯罪自体が増悪していることを示すデータではない。

では、人々の”体感”ではなく、実態を概観してみよう。

今年に入って、世間の耳目を引く少年による殺人事件が相次いだ。

とくに1月27日に名古屋大学に通う19歳の女子学生が老婆殺害の容疑で逮捕された事案は、その動機として語ったと伝えられる「人を殺してみたかった」というセリフとともに良民を聳動しょうどうした。

犯行時は旧臘きゅうろうだが、一般には「今年の事件」と認知されている。

2014年には、長崎県佐世保市で当時15歳の女子高校生が同級生に突如襲い掛かり、殺害して遺体を損壊した事件が起こった。



DSC_3915
半年を経ないうちに少女による猟奇的殺人が相次いだため、そこに通底する”何か”を見出そうとする人の性向は、あるいは自然な反応かもしれない。

だが犯罪研究の見地からは、この二つの事案はまったく孤発的なものであり、それぞれの犯罪に共通する社会的な要因はない、といえる。

同タイプの凶悪犯罪は洋の東西を問わず一定の確率で起こっているし、日本でも大昔から繰り返されてきた(管賀江留郎『戦前の少年犯罪』築地書館)。

こういう凶行を一般予防的な社会制御によって抑止するのは極めて困難であり、とりあえず神経精神病理学や行動遺伝学などの進展を俟つ他ないだろう。



DSC_3916
では少年犯罪一般はどうだろうか。

警察庁生活安全局少年課が出している最新の「少年非行情勢(平成27年上半期)」によれば刑法犯少年の検挙人員は13年連続で減少している。

こういうデータを示すと必ず「少子化によって年少者の人口が減っているのだから、全体の検挙人員数が減るのは当然だ。年少人口に対する年少検挙者数の比率を見れば、むしろ増加しているはずだ」などと半畳を打つ輩がいるが、人口比の推移をみても11年連続で減少しているのだ。

凶悪犯に注目しても今年上半期の検挙人員は275人。

9年前の2006年上半期が626人で半分以下になっている。

2010年上半期でも355人だから「この5年で少年による重大な事件が増えた」という約8割の人々の”体感”はメディア等に影響された共同幻想なのである。



DSC_3917
世間のバイアスを匡正しようとせず、自分でデータを確かめもせず、「若者が生命の尊さを軽視するようになった」だの、「他を思いやる気持ちが失われた」だのとコメントしている「専門家」は有害無益としか言いようがない。



2015/10/15の週刊文春から







170906 傾国のスーチー

Category : 変見自在
DSCF0995
変見自在 高山正之


  傾国のスーチー


「英領ビルマに侵攻した日本軍はやがてビルマを独立させたが、それは偽物の意味を込めた『金めっきの独立』と呼ばれた。日本軍は国軍・警察の指揮権を握ったままだったのだ」と先日の朝日新聞にあった。



DSCF0997
ミャンマーの歴史教科書の記述を引用したという五十嵐誠記者の記事はさらにこう続く。

「憲兵隊が権力をふるい、国民は抑圧された。ファシスト日本を打倒する動きが広まった。アウンサンは連合軍の反撃で敗走する日本に反旗を翻した」

読んでいてふと村山談話を思い出す。

「日本は国策を誤ってアジア諸国を侵略し、植民地支配で人々に多大の苦痛と損害を与えました」というあれだ。

この記事はまさに村山談話通りに展開する。

日本がミャンマーを侵略し、圧制で苦しめて、ついにはアウンサンをして日本軍に楯突かせるところまで追い込んだという風に。



DSCF0998
ただし登場するのは日本とミャンマーだけ。

長い間そこを植民地支配した英国の影も出てこない。

で、この記事から少しズームバックしてみる。

英国は19世紀末、ここを征服するとインド人や支那人をどしどし送り込み、英植民地政府の下で金融やビジネスを仕切らせた。

モン、カチンなど山岳民族を山から下ろして軍と警察を任せた。

彼らが取り締まるのは最下層に落とされたこの国の本来の主人ビルマ人たちだった。



DSCF1002
「英国は仏教徒ビルマ族の国を一瞬にして多民族多宗教国家に作り変えた」と英国の歴史家ファーニバルが的確に表現している。

この植民地支配に抵抗し、ビルマ人の国を再興しようとしたのがアウンサンだった。

ビルマの英軍を追っ払った日本軍は彼の夢を実現させた。

植民地政府からインド人を追い出し、ビルマ人官吏を育てた。

山岳民族が仕切ってきた警察と治安部隊を解体し、ビルマ人の国軍を創って独立させた。

「金めっき」どころか金無垢の独立だった。



DSC_3898
よちよち歩き始めたアウンサンの「ビルマ国」は、すぐ連合国軍の反攻という壁にぶち当たる。

日本軍と行動を共にすれば潰される。

その辺を英側資料で見ると「アウンサンは英国の手先インド人を憎み、日本軍のインド解放戦(インパール作戦)への協力を拒んだ」(マウントパッテン卿『戦後処理』)。

「日本軍の敗勢が濃くなるとアウンサンはヒュー・シーグリム英軍少佐と通じてビルマ独立の保証と引き換えに日本軍を裏切ることを約束した」(ルイス・アレン『日本軍が銃を置いた日』)

小国が生き残るための知恵だった。

日本側もそれは理解し、彼の寝返りを特に咎めたことはなかった。



DSC_3899
それだけに日本をファシストと呼び、アウンサンを正義の人に仕立てる五十嵐の記事はほとんど犯罪行為だ。

戦後、ビルマ独立を認めた英国は「英国植民地統治に楯突いたアウンサン」だけは許さず、抹殺した。

英国はまたビルマを多民族国家化した後始末もしなかった。

ビルマ経済は華僑とインド人に握られたまま。

山に戻らない山岳民族も不満分子として居残った。



DSC_3901
アウンサンの遺志を継いで”異邦人”の処理に当たったのがネ・ウインとそれに連なる軍事政権だった。

彼が執った鎖国政策も経済活動を停滞させることで華僑が出ていくことを期待したものだった。

彼は新札発行と徳政令も頻繁に行った。

高利貸しインド人が嫌になって出ていくと思ってのことだ。

しかし成果はなく、異邦人は居残り、国は貧乏になっただけ。

「民族復興」を叫んできたビルマ人の間にも不満が噴出していった。



DSC_3902
そんな不満分子の先頭に立ったのが皮肉なことに民族主義者アウンサンの愛嬢スーチーだった。

今度の総選挙で勝った彼女は大統領より偉い最高指導者になると言っている。

しかし彼女は父が英国に殺されたことも知らない。

政治も外交も知らない。

そんな女に国民は国の舵取りを任せる。

一度どこかの植民地にされると国も人もここまで錯乱してしまう。




 

’15.11.26 の週刊新潮より



カウンター
リンク
最新記事
カテゴリ
最新コメント
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示