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170531 安倍談話

Category : 変見自在
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変見自在 高山正之

 安倍談話


戦後70年に出された安倍談話は実に奥が深いという人が多い。

例えば締めの「我が国は自由、民主主義、人権といった基本的価値を共有する国々と手を携えていく」というくだり。

これはどう読んでも人権など糞くらえ、チベット、ウイグルを侵略して一向に恥じない支那とは付き合わないと宣言している。

そう言えば外務省は先日、韓国の基礎データから「基本的価値観を共有する」という部分を削除した。

支那だけじゃない、韓国とも絶縁すると談話は言っている。




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地域問題では苦難の歴史を刻んだアジア諸国として「インドネシア、フィリピン」に続いて「台湾」を挙げた。

台湾を国扱いすると大騒ぎする国がある。

今年1月、米ハーバード大で行われた模擬国連会議で「台湾を国名扱いした」と支那人学生が騒ぎ「会場からつまみ出された」(環球時報)事件があった。

東日本大震災2周年の追悼式で台湾代表が各国代表と同格で献花した。

その前年はあの民主党政権が仕切り、支那に気兼ねして台湾代表を献花の列から外した。

政権も変わった。

やっとまともになったと思ったら支那外交部のあの高慢な華春瑩が顎を突き出して「許さない」と怒った。

今度は閣議決定付きの首相談話。

そこで語られた「台湾」はぐんと重みを増したけれど、華春瑩のキンキン声は聞こえてこない。

「手を携えない」絶縁宣言と併せて予想を超えた文言にどう対応したらいいのか戸惑っているのだろう。




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それ以上に安倍談話の神髄は書き出しにある。

過去の談話は真っ暗な舞台中央に日本がスポットを浴びて立ち「私は国策を誤り、アジア諸国を侵略し植民地化し、人々に酷いことをしました」と告解する独り舞台が形だった。

しかし今回は舞台背景に第三世界が広がり、そこを欧米列強が食い荒らすシルエットが映し出される。

そして花道から日本が登場し、舞台中央で極悪欧米の代表ロシアを完膚ないまでに叩きのめした。
それが「植民地支配下にあった人々を勇気づける」ことになる。

しかし欧米に反省はない。

現に米国は日露戦争の2年前までフィリピンで住民を殺しまくり、生粋のスペイン人マニュエル・ケソンを傀儡大統領に据えて植民地支配を継続していた。




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談話は大恐慌後の世界に触れる。

「欧米諸国」が植民地の膨大な労働力と資源を足場に排他的経済圏を維持するという「新しい国際秩序」を創っていった。

日本はその白人のための「国際秩序に挑戦し」「酷寒の、あるいは灼熱の異教の地」まで出て戦ったけれど敗れてしまった。

歴史とは多くの国々のエゴで織りなされる。

独り舞台でなく、そういう群像を舞台に置くことで歴史はよく見えてくると安倍談話は言っている。

元駐日英大使ヒュー・コータッチもそう読んだ。

彼は激怒した。

「日露戦争が植民地の民を勇気づけただと。とんでもない。朝鮮を植民地にし満州を取るためじゃないか」(ジャパンタイムズ8月18日)
「大恐慌の不況は日本より英米の方が酷かった。許せぬ言いがかりだ」(同)




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念のために言えば英国では19世紀まで家の窓まで税金をかけた。植民地を持ってからは窓税は廃止され、ロンドン市民の半分は住込み女中を置けた。
大恐慌後も女中はいた。

しかし植民地がなくなった今、女中はいない。

英国は200年前の貧乏国に戻った。

日本が植民地の人々を勇気づけたことへの恨みは深い。
コータッチはだから怒り狂ったのだ。




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朝日新聞は談話が出た翌日の社説で「何のために出したのか」と書いている。

主幹の大野博人は談話には侵略と植民地化と反省と謝罪を入れろと言ってきた。

それが正しく入っているかどうかにしか興味がなかった。

だからたぶん今もコータッチが何で怒っているのか判らない。

一度読解力テストを受けるといい。







’15.9.24の週刊新潮より



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170516 長崎の意味

Category : 変見自在
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変見自在 高山正之

 長崎の意味


ヒットラーはチェコを併合するとすぐボヘミアのウラン鉱山を押さえ、せんウラン鉱の輸出を禁じた。
それは彼がウラン型核爆弾の製造に乗り出したことを仄めかしていた。

ユダヤ系の核物理学者レオ・シラードはアインシュタインと一緒に核兵器開発で遅れをとらないよう、米大統領ルーズベルトに手紙を出した。
独のポーランド侵攻の直前のことだった。

大統領は忠告に従い核開発をこなせるユダヤ人学者を掻き集めさせた。
そして真珠湾のあと、集めた2000人の学者をニューメキシコ州ロスアラモスに送り込んで原爆作りを始めた。
世にいうマンハッタン計画だ。



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しかし高性能火薬のエネルギーでウランに核分裂連鎖を生み出せるかどうかは全く未知の領域だった。

テキサス大准教授マイケル・スタフの「核の時代への記録」によると、研究はまず絶対に帯電しないベリリウム製の工作道具の製造から始まったという。
静電気で高性能火薬が爆発していたら物理学者が何人いても足りなくなる。

ウランにわずか0.7%しかない核分裂を起こすU235の濃縮も大仕事で、43年秋にオークリッジにやっとその施設が作られた。

ウランに代わるプルトニウムの有効性も分かってきてハンフォードでそのための原子炉が同じころに稼働を始めた。



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核爆弾は2タイプが想定された。
一つは濃縮ウランの塊を筒の両端に置き、高性能火薬で塊を真ん中でぶつける方式。
もう一つは中心にプルトニウムを置いてそれを包む高性能火薬を内側に向けて爆発させるインプロージョン型だ。

しかしこの火薬の同時爆発が難しい。
当初はウラン型でさえ「100回やって3回成功すればいい方」(同)と言われた。



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ところが45年春になるとこの見解ががらり変わる。
日本がソ連を通して終戦工作を始めた時期に当たる。
どう変わったかというとウラン型は「実験しなくても100%確実」に、プルトニウム型も「記念にこの目で成果を見てみたい」に変わる。

実験は戦場でいい。
早くしないと肝心の実験場、日本が降伏してしまうと言っているように聞こえる。

そしてポツダムに連合国軍首脳が集まる直前の7月16日、アラモゴルドでプルトニウム型が実験された。
「小さな弟は兄と同じくらい丈夫だった」という成功を知らせる暗号がトルーマンの許に届けられた。

彼は向かいに座ったスターリンに「ソ連が望むトルコ進駐はお断りだ。オーストリアも同じだ」と言い放った。

同席したチャーチルも吃驚びっくりするくらいの高飛車だった。



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トルーマンはその3か月前、ルーズベルトの突然の死で大統領になった。

副大統領だった彼はそれまでの1年間でたった8回しか大統領に会っていなかった。

風船より軽く扱われてきた。

彼の就任時に彼を知る外交官は一人もいなかったという伝説もある。

スターリンもそれは同じだった。

その侮りの視線を感じながらトルーマンは早く自分の偉さを世界に見せたかった。

日本が降伏を躊躇ためらうようにポツダム宣言をアレンジした彼は7月26日「8月3日以降の天気のいい日に日本に2種類とも落とせ」と命じた。

かくてウラン型が広島に落とされ、核兵器として将来性を見込まれたプルトニウム型は3日後に長崎に落とされた。

どうしても必要な追加実験だった。



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トルーマンは広島のあと「けだものを扱うには獣に相応ふさわしい扱い方がある」と言った。

しかし長崎の後の大統領演説では長崎のナの字も彼は口にしなかった。

『ナガサキ』の著者スーザン・サウサードは先日のニューヨーク・タイムズに「日本の降伏を決めたのは原爆ではなかった。長崎原爆の半日前のソ連侵攻だった」と書く。
「7万市民は何のために殺されたのか」と。

今年のナガサキ原爆忌にディズニー・ジャパンは「なんでもない日おめでとう」とツイートした。

正直な米国人らしいメッセージだった。






’15.9.17の週刊新潮より




170504 押し付け責任

Category : 変見自在
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変見自在 高山正之

 押し付け責任


少し前の朝日新聞に「押し付け憲法は真実ではない」と題した投書が載った。

「戦後、右から左まで新憲法をめぐり国民的な議論が沸騰した」「政府はGHQと共同で天皇制と民主化を模索し、議会も審議を尽くしたのが今の憲法なのだ」という。

「若い人はその経緯を肌で知っている世代の声に耳を傾けなさい」と。

あの時代を知る説得力ある意見に思えるが、投書者は中野区の「加藤某76歳」とある。

数えてみれば当時、小学生でしかない。

同世代から言わせてもらうと当時の記憶は空腹と焼け跡とパンパン狩りから逃げるお姉さんが家に飛び込んできたことくらい。

国民が憲法論議で沸いたなんて話は聞いたこともない。

どう書けば朝日新聞に乗るかを心得た吉田清治タイプの筆か、投書欄デスクが自分で書いたものか。

相当に嘘っぽい。



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だいたいあの憲法に国民は関知していなかった。

終戦の年の10月、GHQが憲法を変えろと命じた。

ポツダム宣言を読め。

お前らにそんな権利はないと拒否したら、即座にみんな追放か収監された。

しょうがない、松本烝治が翌年2月初めに試案を出したが、マッカーサーは一瞥もくれず、民政局のケーディスに「1週間で憲法を作れ」と命じた。

その際、彼は「軍隊を持たせない」「交戦権も認めない」「外敵からの自衛も認めない」とするマッカーサー・メモを渡した。

90年代まで生きたケーディスは「自衛を認めないのはあまりに非常識だから、独断で削った」と駒沢大教授の西修らに語っている。



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かくて急ごしらえの米国製憲法は2月13日に首相幣原喜重郎に手渡され、彼は「2月22日の閣議で承認せよ」と命じられた。

その日は米初代大統領ワシントンの誕生日。

日本を象徴する桜の木を切ったエピソードを持つ男の誕生日に日本を切り倒す憲法を呑ませる。

マッカーサーらしい悪意を感じさせた。

幣原は言われた通り22日の閣議で了承し、3月6日にその大要を公表した。

国民の右から左まで新憲法を知ったのはその時が初めてだった。

おまけにマッカーサーは新憲法にGHQが関与したことを一切報道しないよう命じていた。

習近平も驚嘆するくらい言論の自由の欠片かけらもない時代だった。



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草案を審議する帝国議会も同じ。

GHQに逆らえば議場から摘み出され、戻ってくる者はいなかった。

議員は変節し、GHQ欽定憲法と名付けようというものまで出た。

GHQは成立を待って新憲法の公布日を11月3日に指定してきた。

近代日本を築かれた明治天皇の誕生日、明治節だ。

その日に滅びの新憲法を日本に与える。

マッカーサーの陰湿な笑みが見えてきそうだ。



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つまり朝日が載せた投書には真実の一片もない。

担当デスクもそれは百も承知で、でも読者は馬鹿だから構わないと思っている。

だだ読者もまるっきりの馬鹿ばかりでなく、首を傾げる者もいる。

朝日はそれにも手を打った。

8月15日付の評論家柄谷行人の憲法談義が次の一手だった。

柄谷は「憲法が押し付けか自発的か」は問題ではないという。

だって朝鮮戦争の時「米国が再軍備を持ちかけたが、日本は抵抗した。日本は自発的に9条を選んだのだ」と。

これももっともらしいが、米国の意図を無視している。

あの国の戦争は昔から形がある。

ピークォート族をやるときはモヒカンに銃を持たせてやらせた。

日本をやるときは支那人やフィリピン人に銃を持たせた。

目下の朝鮮戦争ではフィリピン人は使えないから黒人を使ったが、品薄になってきた。

で、日本人を武装させる気になった。



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日本人はそれを知っていた。

「お前が創った憲法に軍隊も交戦権も認めないとある」と言って拒んだ。

米国の「押し付け責任」をはっきり問うた。

白人の横暴を免れる緊急避難行為だった。

それを持って国民があの愚かな憲法を「納得した証拠」とはよく言う。






’15.9.10の週刊新潮より



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